「女性アイドルは、日常に現れた異物なんだと思ってる」

今日のエントリのタイトルは引用ですね。
全文だと

「売れてほしいからCDいっぱい買うけど、ブランド物は身に着けないでほしいとか、いっぱいいっぱい忙しくなってほしいけどブログは毎日更新してほしいとか……皆よく応えてあげてるよ、そんな勝手な要求。新人類だよ完っ全に。私はね、両立しない欲望を叶えてしまうっていう点で、女性アイドルは、日常に現れた異物なんだと思ってる」

です。

「女性アイドルは、日常に現れた異物なんだと思ってる」

 

鋭いひとは分かっちゃったかな〜〜〜。
気がついちゃったかな〜〜〜。

 

そんなわけで、今日は

 

 

朝井リョウさんの「武道館」の話。

 

 

いやー、これ凄かったです。
とりあえず、ドルヲタには全力で薦めたい。
アイドルをしている子たちにだって薦めたい。
そして、アイドルじゃなくっても、いま17歳や18歳の女子にも薦めたい。

 

 

主人公の愛子はアイドルです。
だから、アイドルをやっているからこその感情の描写が多々あります。
その一方で、『アイドル』というフィルターを通しつつも、10代の女子のほぼみんなが普遍的に抱いているであろう迷いや悩みも描いているわけですよ。
これ、すごく今っぽいと思います。
アイドルが昔ほど次元が違う世界にいるわけではない、普通の女の子でもアイドルになり得る可能性がある………そういう、アイドルを取り囲む今の環境がうしろに見えてるのが面白いなぁ、と。

 

物語を引っ張るのは幼なじみの大地との恋愛です。
しかし、もちろん、それだけじゃないんです。
仕事としてのアイドルに対しての葛藤とかもちょいちょい挟まれてくるのです。
個人的にはそういうのがものすごく興味深かった。

女性アイドルファンは、アイドルを好きだ。ただ、きっとその子個人というよりも、年齢や恋愛経験の有無を含めて、その子がアイドルであるという状態が好きなのだ。そのうえで、進路を選択できる十八歳の少女に対し、『アイドル』であることへのストイックさを最も強く求めるのだ。

 

「だけど、私たちって、武道館に立ったあとも生きていかなくちゃいけないんだよね」

「武道館に立ったあとも、ハタチになったあとも」

「アイドルじゃなくなったあとも、生きていくんだよ、私たちって」

中盤に出てくるこのあたりの文章には鳥肌が立ちましたね。
アイドル本人たちが選んでいるとはいえ、残酷なことを求めているよなぁ、と。

 

メディアでご本人がちょいちょい言ってたりするし、「武道館」を数10ページ読めば分かると思うんですけど、朝井リョウさんってドルヲタなんですよ。それもかなり深度は深いかんじの。
そんな朝井さんが、アイドルの視点を使ってドルヲタを客観視して、上に引用したような文章を書いてるって、ただただ凄いと思います。
特典商法や炎上、スルースキルあたりについても、アイドルの視点から問いかけてきていて、その内容にもめっちゃリアリティがあるんですよ。
もー、なんなの、朝井さん!? 実はアイドルと繋がってて色々聞いてるんじゃないの!?!? ………と思わせられるくらいの、『10代の女の子としてのコトバ』感が全体に溢れてます。

 

朝井さん、なんでこんなに女子の気持ちを描けるんだろうな…?
基本的に女性作家の小説しか読めない私が、朝井さんの小説なら主人公が男性であろうと躊躇わず手にとって、さくさくと読み進められるのは、朝井さんの感性が女性寄りなせいなんですかね…?

 

そんな疑問はさておき。
引用してきた文章以外にも付箋マークの文章がいっぱいだった、この「武道館」。
そんな中で、いちばん最初に付箋を貼った文章はこれでした。

アイドルは前髪が動かない。

この文章だけで朝井さんがガチのドルヲタであろうことが分かったし、『この小説、ぜったい面白い…!』と確信もしましたね。
ただ、この文章を読んだ時に予想した以上に、『前髪』がキーになってたのは嬉しい予想外。前髪がここまで何度も描写される小説って他にないのでは。

 

『アイドルが主人公の小説』としてドルヲタの(ドルヲタ以外からも?)話題を呼び、その影に隠れてしまった感がありますが、朝井さんのストーリーテリングの巧さも光っていると思います、この作品。
前述の『前髪』をキーにする描写も巧いし、クライマックスを含めトリッキーな構成にしているのも巧い。
「スペードの3」でも感じたんですけど、辻村深月さんが好きなひとは朝井さんのレトリックも好きなんじゃないかなぁ。

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謎解きメインの話ではなく、こういう話にも巧妙に仕掛けを入れられるとは…ってかんじ。朝井さんには感服するしかないですわ。

 

全編を通して会話文や、今っぽいさらっとした言い回しが多くて読みやすいです。読み手を引っ張る展開の連続にもなってますし。
だからさくさく読めます。
でも、問いかけてくる内容は重いです。
1週間くらい前に読了したんですけど、まだかなり消化できていないものが自分の中に残っている感じ。
ふと気がつくと、自分が好きなアイドルに強いていることとか、彼女がどうなってほしいのか、とかを考えちゃってますね…。
考えてもどうにもならないんですけどね。
まぁでも読書の秋ですし、ドルヲタだってたまにはよっしゃいくのをやめて、小説を読んでいろいろ考えてみるのもいいんじゃないですかね。

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余談。
シルバーウィークに『アイドルしばりだー!まずはアイドル視点の小説を読んで、次にドルヲタ視点の小説を読むぞー!!両者の視点からアイドルを見ることでなにか考察できるのでは!?!?!?』と思って、「武道館」の次にこれを読みました。

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結果。
こっちの小説(ジャニヲタの女性を描いた連作の短編集です。)の突き抜けっぷりがすごくて、ドルヲタ云々という視点を忘れ、完全に娯楽小説として読んでしまいましたね………。
住む世界がまるで5人のジャニヲタ女性を描いてるんですけど、宮木さんの文章力のキレっぷりな…。

ドルヲタ小説としてとらえるのは難しかったですけど、書き下ろしで追加されている最後の短編ですごくきれいに着地してると思います。地味に良作。

 

 

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